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ホウ・レン・ソウというバズワードがあります。「報告・連絡・相談」の頭文字を取ったもので、新社会人に対する会社での心得として紹介されるケースが多いです。

そして私はこの言葉が嫌い。相談は「何をすべきか」「どうすべきか」「もしくはすべきでないか」のジャッジを求めるというのは分かる。だけど報告と連絡の違いが分からない。MECEではないように見える。この言葉自体がコミュニケーションを阻害している。

しかも何もかも上司の言いなりでクリエイティビティを感じない。

そしてホウレンソウのオリジナルに関する記事を、4/2日経春秋で発見。

この語呂合わせは旧山種証券の社長だった山崎富治氏が20年以上前に考案したとされる。報告は縦、連絡は横、相談は集団のコミュニケーションを指す。本来は風通しの良い組織づくりの大切さを説いたはずの言葉だった。

ところが、いつの間にやら上司への一方的なコミュニケーションと曲解されておかしなことになっている。

オリジナルの「ホウレンソウ」とは「何を上司に話すべきか」ではなく「誰とコミュニケーションすべきか」を分類したものだったのです。すばらしい。

裏紙 - ホウレンソウとは
2008-05-13 (via hetmek, orehmi) (via deli-hell-me) (via yaruo) (via konishiroku) (via goooose350) (via hirotamaki) (via flatmountain) (via mizki9577) (via bivanilla) (via petapeta) (via disk1204) (via plasticdreams) (via reservoir) (via crakka) (via hyousuke) (via 2011-11) (via 2011-11) (via abebenobe) (via zeppel) (via tetra11) (via syounenx) (via pcatan) (via 46187) (via atm09td)

理詰めの人は「呆れて黙る」ことがある。相手の理解力の無さに説得を諦めてね。
感情の人はそれを勝ったと思い込んで吹聴する。
理詰めの人はコストメリットが無いので関わらないのが一番、って関係を絶つ。

外部からは理詰めの人が負けて逃げたように映る。

川上 それが、文系と理系の違いだったんだろうなというのが、最近のぼくの説です。文系の論客は、言葉は道具だと考え、論理を手段として扱う。そして、理系の研究者は、論理的に正しいことは何なのか、ということに興味がある。

— つまり理系は論理を使って、世の中の一般法則とか真理を探しているわけですね。

川上 そう。でも、東さんは文系なので、先に自分なりの結論があって、世の中を動かすための手段として論理を使っているんです。それは、話がかみ合わないですよね。これって、汎用的に適用できる理屈だなと思ったんです。

— おもしろいですね。じゃあ、論理的であるかどうかと文系か理系かというのは関係ないんですね。

川上 はい。論理の使い方の問題ですね。論理を使って他人を説得したいのか、真理が知りたいのかという、根本的な違い。新聞社の態度なんかも完全に文系側ですよね。

モノを作れる人間と作れない人間の最大の差とは、他人の作品に対して「良いところを見つけて取り入れようとする」のがモノを作れる人間、逆に「悪いところ を探して、自分が作らない言い訳を探す」のがモノを作れない人間

というお話を聞きました。なるほど。

意外とアイデアって大事です。アイデアよりもエグゼキューション(実行)が大事ってスタートアップ業界の人はみんな言うじゃないですか。アイデアはみんな一緒だよって。僕はそう思ってなくて、アイデアはすごく大事で、そのアイデアが本当にスケールする(拡大していく)アイデアなのかというところをすごく意識しています。

「どうしたらこんな発見ができるのか、普段から意識してることはありますか?」となんともふわっとした質問をしてみました。

答えはこうでした。
「僕たちエンジニアは、問題を見つけるとなんとかしたいと思ってしまうんだ。なのでエンジニアを自由にさせてやることが大事だね。」

最近、出産前の1年間、特に妊娠3ヵ月までにSSRI抗うつ剤(プロザックやゾロフトなど)を服用した母親から生まれた子どもは、自閉症になるリスクが高いことがわかった。