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人間の能力というのは奇妙なもので、最初の一作のために全力を注ぎ込んだ人には、二作目がある。しかし、力を出 し惜しんで、第一作を書きながら二作目のネタを残しておいた人には、二作目どころか第一作すらない。
(保坂和志著『小説を書きあぐねている人のための小説入門』中公文庫)

100人落ちても大丈夫。 (via retype-jnthed) (via kikk) (via liefujishiro) (via jumitaka) (via rollstone) (via petapeta) (via plasticdreams) (via appbank) (via tk78) (via ag107) (via vmconverter) (via gkojay) (via nnmrblgksk) (via shortcutss) (via ishida) (via n2unit) (via yellowblog) (via bluemann)

嫁が公立保育園の保母さんをやっているんだが、嫁によると、4,5歳にもなると、親の夜の営みについて、かなり生々しく保母に話すそうだ。

「きのうママがパパのちんちんたべてたよ」「パパはいつもママにいっぱつやらせてってゆうんだよ」などと話すので、親にそれとなく注意することもできず、本当に困っているらしい。
 
 
それを聞いていたので、ウチはたとえ子どもに聞かれても大丈夫なように、夜の営みに関しては隠語を使っていた。

例:
セックス=運動会あるいは体操
ゴム=服 
精子=コラーゲン 
チンコ=ロッキーあるいはクララ
マンコ=メアリー 
アナル=水戸さん
顔射=パック
中出し=スジャータ

嫁は恥ずかしがりで、いつも下系の言葉を口にすると顔を真っ赤にするため、とても自分から夜の営みに誘うことはなかった。
しかし、隠語を設定してからは、恥ずかしさがなくなったのか、自分から誘うようになった。

「今日は運動会しようね」「今日は服着ないと怪我するよ」「今日は暑いから服はいいよ」などと萌えセリフを発するようになった。

最近は運動会の最中にも駆使するようになった。「水戸さんとも遊んで」「今日のロッキーは2ラウンドKOかな?」「クララの弱虫、意気地なし」「立った立った~クララが立った!!」

こんな感じで嫁も大胆になって嬉しい限りだ。
最近、嫁はいきなり「スジャータ♪、スジャータ♪」と子どもの前で歌い出し、「スジャータが○時をお知らせします。」と言うようになった。
子どもはラジオCMの真似だと思って大喜びだが、俺も大喜び。中出しOKという合図なので。

今日も安全日なので、嫁のスジャータ♪が聞けそうだ。

もう少し説明すると、「人の目を気にする」人間の大半は、「自分の周囲の少数の人の目を気にしている」だけである。

そして、「人の目を気にしない」というのは、自分一人だけの判断をしているのではなく、逆に、「もっと確かな目(あるときは、もっと大勢の目)」による評価を想定している、という意味だ。

それは、「今の目」だけではなく、「未来の目」にも範囲が及ぶ。

生きていく上で、僕は3つのキーワードをいつも大事にしています。
それは「まあいいか、それがどうした、人それぞれ」です。
この3つの言葉を思い描いていれば、たいていのことはやり過ごすことができます。

日本は人件費が高いし資源国でもないので知恵を絞って付加価値をつけていきましょうって学校じゃ習ったが、金の稼ぎ方やビジネスのイロハを教える環境が皆無のために、単純に社員に負荷をかけて搾取するだけに終始しているケースがほとんどや

男の子(5歳)が女の子たちに「ドッヂボール しよ!ぼくが ボール」と言い出したので「(何だそれ)」と思いつつ見ていたら、投げられた男の子が相手チームへ走っていき、女の子にキャッチされて(抱きつかれて)、また投げられてキャッチされてという夢のようなゲームだった。天才すぎる。

空を眺めていると、空が青色でよかったと思う。
もし、赤とか黄とか、紫だったらストレスになりそう。
青は自然界にあまりない色だから
空が一手に引き受けたのだろうか。

横尾忠則 (via u-fruits)

(ryusoulから)

その悪口を心の中だけで留めておくのがプロ。
仲間内で愚痴り合うのが普通の社会人。
全世界に公開しちゃうのはバカ。
あまつさえそれを自らの個人情報とともに晒すのはド低能。

日本人に聞くと「休み」と答え、 欧米人に聞くと「遊び」と答える。 なぜ、このような違いが生まれるのか? 一般的に「日本人は「カラダ」を使って稼いでいて、欧米人は「頭」を使って稼いでいる」と
言われています。